« 混戦模様 | トップページ | お札の話 »

2007年5月 1日 (火)

1994.5.1

今日はアイルトン・セナの命日・・・・・・
その前日のローランド・ラッツェンバーガーの事故死のニュースを聞いた時から嫌な予感はしていたが・・・・・
で、当日、F1中継前のスポーツニュースで一報が入ってきて。
ただね、事故を起こしたタンブレロってコーナーは、ピケや、ベルカー、そして2年前にはパトレーゼも、セナと同じようなクラッシュをしていたし、少し頭も動いたし、気を失っているだけだと思った、いやそう信じたかったってのが本音だったんだろうなぁ・・・・・。

事故の原因は、色々言われました。ただ、”この年からレギュレーションでハイテク、アクティブサスなどの自動車高調整システムが禁止されたのが要因”っていう記事には正直、納得いかなかった。
92年、パトレーゼが同じコーナーで起こした事故は、アクティブサスが壊れてマシンコントロールを失って起こした事故だったしね。
むしろ、この年からレギュレーションで給油などが認められた為、レーススピードが向上した(言ってみれば、300kmのレースディスタンスを予選並みのペースで走っているわけだからねぇ)のが原因では?、なんて思ったりしました。

セナが生きていれば・・・・・
まぁ、色んな見方があるんですが、正直、94年のチャンピオンは、やはり難しかったんじゃないかと。
それを認めたくないファンの気持ちは痛いほど判りますが・・・・・
あと、先ほども述べましたが給油が認められた事によって、決勝レースを予選並みのペースで走る事が求められるようになったわけで、やっぱり当時34歳のセナにとっては、体力的に辛かったのではと思うんですよね。
元ベネトンのメカニックの津川哲夫さんが、著書の中で、デビュー当時のセナが、凄く肉体的、そして精神的にもパワー不足だったので、「いつかは割れるガラスのチャンピオン」では?と述べていたのが、すごく印象に残っています。
あと、元ホンダのF1総監督である桜井淑敏さんなんかは、94年開幕直後から、セナのモチベーションの低さを指摘して、仮に事故で無事だったとしても、その後のモナコグランプリで敗退するようなことがあれば、早期引退もあったのでは?と述べられていましたし。

チャンピオンは採り逃したもののセナが最も輝いていた1993年。そして事故死した1994年・・・・・
たった一年なんだけど、すごい時間の差、世代交代の流れ、F1の歴史の断層を感じてしまいます。

|

« 混戦模様 | トップページ | お札の話 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 1994.5.1:

« 混戦模様 | トップページ | お札の話 »