« カップ麺を武人化!? | トップページ | ドリームスリーパー »

2018年9月12日 (水)

大使館と東京の都市構造

港区はなぜ大使館が多い?タクシーで「G7大使館ツアー」に行ってきた

大名屋敷の跡地が多いからかな?
と思ったらやっぱりそうだった。

大名屋敷武家屋敷
これらの膨大や用地が、官庁だったり大使館に転用されたわけね。

大阪遷都案明治初期にはあったそうだが、そうなると、そういった用地の確保に困っただろうな。
結果、官は江戸=東京に置いたのは、正解だったといえば正解だったのかも。
(昭和初期に認可権振りかざして商まで集中させようとしているのは明らかに失敗だと思うが)

なんせ、明治維新当初の江戸は、多くの武士層が江戸から離れたため(幕府が滅亡したから江戸に詰める必要がなくなったしね)、人口が激変していたと言うし。

で、打ち出されたのが桑茶政策!!

人がいなくなった武家地を桑畑や茶畑にして、一大農園にするという・・・・・
これが実行されていれば、赤坂六本木青山あたりは、一大農園だったはず・・・・・

まあ、結局は東京に首都が移り、これらの武家地は官庁大使館に利用されることになるのだが。

でも、渋谷、新宿、池袋山手線ラインは、明治の頃は、まだ農村だったしね。
バイパス鉄道貨物線山手線ができて、そこに駅ができて、人が徐々に集まるようになって、東急、西武、小田急、京王などの私鉄ターミナルとして拠点を置くようになった大正末期から一気に都市化が進んだというイメージ。

東京の都市を考えた時に下町山の手とはよく言うが、官庁街の多くが家康によって埋め立てられた下町にあることを考えると、凄い災害リスクがあると思うのだが・・・・・
そもそも、渋谷、新宿、池袋が発展した一因関東大震災で、関東ローム層の上にあった東急、西武、小田急、京王の沿線は比較的、ダメージが少なく、結果、そこに移り住む人が増えたのが昭和初期の帝都拡大を進めたことは否定できんからなぁ。
官庁街は本当は山の手に移転すべきだったんだろうけど、それこそ副都心と言われていた新宿とかに移転すするとかも十分に考えられたと思うのだが・・・・・
東京都庁新宿副都心に移転したけどね)

今となっては、後のカーニバルか?

立川非常時のバックアップ基地立川広域防災基地)があるけどね。

|

« カップ麺を武人化!? | トップページ | ドリームスリーパー »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/105515/67134344

この記事へのトラックバック一覧です: 大使館と東京の都市構造:

« カップ麺を武人化!? | トップページ | ドリームスリーパー »