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2019年3月27日 (水)

協力プレイは手段であって目的ではない

「ゲームで味方に迷惑をかけていないか不安」 協力プレイを恐れる「マルチプレイ恐怖症」に共感の声

 取り沙汰されているのは、ネットゲームにおける「協力プレイ」。プレイヤー同士でパーティを組むRPGに限らず、大勢でチームを組んで対戦するシューティングや、スマホゲームでカジュアルにマッチングして強敵に挑む「レイド」なども含まれます。

ボードゲームが置き去りにされている件に関して。

モノポリーカタントップを追う為には時として「協力プレイ」は必要。
ってか、その為の、交渉という比較的フリーハンドなルールがあるからね。

ただね、この「協力プレイ」ってものが曲者で・・・・・
「協力」しているつもりが、一方的に援助している事はよくあること。
まあ、仮に互いに共闘してトップ目に追い付いた、あるいはトップ目を追い落としても、今度は、その追い落とされたトップ目と共闘して・・・・・

はたして本当に共闘してくれるかな?

まあね、共闘組んで、どこからスパート掛けるかどうかも、面白いところなのだが。

ただ「協力プレイ」をすることは勝利条件に達する為の目的を達成する為の手段の一つであって、「協力プレイ」自体が目的じゃないんだけどね。

そこを見誤って脅迫概念みたいなものを植え付けられると拗らせてしまうんじゃないかと。

RPGのマルチプレイみたいに、チームで勝利条件に達する事を目的とする場合は、「協力プレイ」を行うのは、個人の為というよりチームの為だから、そこら辺の責任の意味合いも変わってくると思うのだが。

でもゲームする目的は楽しむ為にあるわけだからさ。
変な脅迫概念によるストレス抱えてまでゲームする必要もないと思うんだけどなー。

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